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| 中村ミナト チョーカー:銀 |
真っ赤なポルシェ
戦後復興の名の下にバリパリ働いてきて、お洒落をする暇もなかった日本人男性に比べ、女性はファッションだけでなく文化的にもお洒落になった。コンサート会場に行っても美術館に行っても、現在の文化芸術を支えているのは女性がほとんどだ。男性が目立つ時と言えば、コンピューターソフト発売前日から徹夜で店先に並ぶ時くらいだろう。ああ情けない。
戦後のアメリカナイズは日本だけの傾向ではないが、アメリカンカジュアルというかアメリカ的合理主義が、男性を不粋にするのに更に拍車をかけてくれた。大体アメリカンファッションの代表格であるジーンズ・Tシャツ・スニーカーなどは、男物と女物の区別がない。1960年代のヒッピームープメントを代表とする自由闘争は、社会構造こそ変わらなかったもののサブカルチャーの台頭を見るにつけ、社会にじんわりと浸透してきているのを実感する。恩恵も多いが弊害も多い。最近は役所までもがカジュアルブームで、最後の砦のようなNHKのアナウンサーもスーツを鋭ぎだした。どぷねずみルックよりはいいような気もするが、カジュアルにしてもフォーマルにしてもどこか凛とした空気が流れていないのは、総じて日本人男性は何を着ていいのか分からなくなっているのだろう。大人になるまでに「遊び」が止りないのと、若い時に格好いいと憧れる大人に出会っていないのがそのような傾向の原因だと思われる。
私が美術大学一年の時、石の彫刻の講師に来た志水先生は実に格好よかった。私の父より年齢がうんと上なのに真っ赤なポルシェに乗り、サングラスをかけて現れ、若い女子学生を助手席に乗せて去っていく姿に「適わない」と心底思ったものだ。それと車には乗らないが、植草甚一も憧れた大人の一人である。70歳を過ぎてもハットを被りステッキを持ち、指輪を付けてスーツを着て街に出るのである。彼がアメリカのサブカルチャーについて語ってもどこが品格があった。70年代までは車から指輪まで、装身具を巧みに操る男性達がいたのに、一体どこへ行ってしまったのだろう。赤いボルシェは無理としても、せめて装身具だけでも身につけて格好いい大人に近付きたいと思う。 |